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戦争遺跡2

ID番号 K1685更新日 平成29年4月7日

 陸軍飛行場など軍事施設をかかえていた各務原は、県内で唯一大型爆弾による攻撃を受けました。今もなお各地で「戦争の爪痕」を見ることができます。主な戦争遺跡をここに紹介しましたが、その多くは個人の所有地にあります。見学の際は、土地所有者の了解を得てマナーをよく守るとともに、安全には十分ご留意ください。

鵜沼地区

飛行第二連隊薬品庫跡二棟

飛行第二連隊薬品庫跡二棟の写真

所在地:各務原市鵜沼朝日町5丁目

 飛行第二連隊医務室前にあったコンクリート製の薬品庫で、入り口には鉄の扉がついていました。現在は、農機具庫として使われています。

技能者養成所25メートルプール跡

技能者養成所25メートルプール跡の写真

所在地:各務原市鵜沼三ツ池町4丁目 山田章美氏宅

 昭和20年6月の空襲で、陸軍航空廠技能者養成所は壊滅的な被害を受けましたが、終戦当時、爆撃の影響を受けなかったプールには水があり、子どもたちが泳いでいたといいます。現在は東側半分が残っています。

誘導路トンネル

誘導路トンネルの写真

所在地:各務原市鵜沼朝日町1丁目

 戦時中、三ツ池と前渡を結ぶ県道の上に、各務原中飛行場と東飛行場とをつなぐ誘導路を建設するため、このトンネルが作られました。このトンネルの上が、飛行機の誘導路となっていました。

中国人殉難塔

中国人殉難塔の写真

所在地:各務原市各務おがせ町8丁目

 昭和20年、中国人捕虜887人が、各務おがせや須衛で誘導路・掩体壕の工事に従事し、終戦時までに26名が死亡しました。そこで、昭和43年7月「中国人殉難塔」が建立され、その後は現地で追善供養の慰霊祭が毎年行われています。

稲羽地区

矢熊山の地下壕

矢熊山の地下壕の写真

所在地:各務原市前渡東町 矢熊山

 矢熊山南東に掘られた地下壕。蒲鉾型の間口19メートル・奥行き29メートル・高さ7メートルの壕で、戦闘機三機が修理可能な大きさであったといわれています。この壕は朝鮮人労務者によって掘られたもので、地下整備工場になる予定でしたが、未完成のまま終戦を迎えています。

長根山の地下格納庫跡

長根山の地下格納庫跡の写真

所在地:各務原市前渡西町 長根山

 コンクリート製の地下格納庫跡。間口22メートル・奥行き22メートル・高さ6メートルの蒲鉾型の格納庫で、上には土がかぶせてあります。奥の間口は7.5メートルで、ここに戦闘機が格納してあったといわれています。

防空壕

防空壕の写真

所在地:各務原市前渡西町2丁目 足立誠司氏宅

 足立氏宅の庭にある家庭用の防空壕。階段式の防空壕で、昭和17年頃作られました。間口1.3メートル、奥行き5.2メートルで、中の高さは1.8メートルあります。石積みまでしてあるのは珍しいのですが、当時多くの家庭では、このような防空壕を庭先に掘っていました。

空襲の慰霊碑

慰霊碑の上にある焼夷弾実弾の写真

所在地:各務原市神置町3丁目 神置公民館の南

 昭和20年7月12日の深夜から13日の未明にかけて、各務原ではB29による焼夷弾攻撃を受けました。この日の天候は雨でしたが、多くの地区で家屋が全焼、半焼するなどの被害を出しました。

このページに関するお問い合わせ

歴史民俗資料館
電話:058-379-5055
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