エンターキーを押すと、ナビゲーション部分をスキップし本文へ移動します。

  • ホーム
  • くらしの情報
  • 各務原の魅力
  • イベント
  • 市政情報
  • 事業者の方

現在の位置 : ホーム木曽川文化史料館行事案内 › 各務原空襲資料室・民俗資料室オープン


ここから本文です。

各務原空襲資料室・民俗資料室オープン

ID番号 K25214更新日 平成30年7月21日

平成30年7月21日、川島会館4階の木曽川文化史料館内に、「各務原空襲資料室」と「民俗資料室」がオープンしました。入館は無料です。ぜひ見学にお越しください。

各務原空襲資料室

空襲資料室の写真

郷土の先人たちがかつて経験した各務原空襲と戦時下の暮らしについて、残された当時の資料や写真から学び、語り、伝えます。

資料は、7つのテーマに分けて展示されています。それぞれのテーマの歴史的背景や、展示されている資料などをご紹介します。

1 戦時下のくらし

「戦時下のくらし」展示スペースの写真

昭和12年の日中戦争、そして昭和16年の太平洋戦争の勃発により、国民生活のすべてにおいて戦争が第一優先され、人々の生活はどんどん苦しくなっていきました。
このコーナーでは、衣料や陶磁器で作られたさまざまな代用品、当時の食事を再現した食品サンプルなど、戦時下で生きる人々の生活を垣間見ることができる資料を展示しています。

 

2 戦時下のこどもたち

「戦時下のこどもたち」展示スペースの写真

昭和16年4月から、小学校は「国民学校」となり、子どもたちには授業のほかに、軍人援護や銃後奉公などの活動が課されました。
当時の子どもたちが使用した教科書やカバンのほか、雑誌や漫画、おもちゃなどの資料から、戦時下でたくましく生きた子どもたちの姿を見つめます。

3 空襲に備える

「空襲に備える」展示スペースの写真

第一次世界大戦以降、各国で軍事目的の飛行機開発が行われる中、日本では昭和12年に「防空法」が制定され、空襲による火災などを想定した防空訓練や指導が行われるようになりました。
いつ襲ってくるか分からない空襲に備え、各家庭で使われていた灯火管制用の電球やカバー、「国民防空読本」などの手引書、防空頭巾などを展示しています。

4 前線と銃後

「前線と銃後」展示スペースの写真

明治6年の「徴兵令」以降、男子は満20歳で徴兵検査を受け、兵役につく決まりとなっていましたが、戦争の激化とともに、予備役や補充兵役などの人たちにも召集がかかるようになりました。
出征前の兵士が家族に残した遺言状のほか、兵士の無事を祈って贈られた千人針など、前線と銃後(戦闘に参加しない国民)、それぞれの苦悩にふれる資料を展示します。

5 特攻隊と各務原

「特攻隊と各務原」展示スペースの写真

太平洋戦争末期、爆弾を着装した機体ごと敵艦艇に体当たりする「神風特別攻撃隊(特攻隊)」が編成され、各務ヶ原飛行場で整備された飛行機も、九州の知覧などから飛び立ちました。
各務原で訓練を受け、戦地へ赴いた特攻隊員たちが残していった辞世の句や遺盃、日の丸などの資料を通し、若き特攻隊員たちの思いに触れます。

6 空襲の痕跡

「空襲の痕跡」展示スペースの写真

昭和20年の各務原空襲では、各務原市域の広い範囲がその被害を受けました。戦後70年以上を経て、空襲を受けた地区の畑などからは、今もなお銃弾や爆弾の破片などの金属片が見つかることがあります。
このコーナーでは、各務原空襲の証人として、爆撃を受けた施設の窓ガラスの破片や、弾痕の残る床柱、機銃弾や焼夷弾などの資料を見ることができます。

7 戦後復興

「戦後復興」展示スペースの写真

昭和20年8月15日の終戦後、人々の新たな生活がスタートしました。戦地から戻った兵士たちは新たな土地を開拓し、各務ヶ原飛行場には米軍が進駐しました。
引揚・復員証明書や俘虜郵便などのほか、進駐軍にまつわる資料を展示し、戦後の混乱の中、復興に向けて歩みだした人々の姿をとらえます。

民俗資料室

食器や日用品、川船で使われた道具や昭和初期の電化製品など、人々の暮らしと密接に関わってきた、さまざまな生活の道具を間近に見ることができます。

人形や着物など新たな資料を展示

「民俗資料室」のオープンに伴い、明治~昭和初期の郷土色のある福助や歴史上の人物などをかたどった土人形のほか、新たに寄贈された着物などを展示しています。

土人形・着物の展示スペースの写真

民俗資料室の写真

このページに関するお問い合わせ

木曽川文化史料館
電話:0586-89-6055
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。