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キラリさん


障害者バンド
「エンデバーズ」
のリーダー


酒井正治さん
さかいまさはる
酒井 正治さん


那加桜町在住 
1961年生まれ、那加桜町在住。小学校入学前の健康診断で網膜はく離が判明、以後10数回手術を行ったが、高校2年生の時にいよいよ視力が低下し、岐阜盲学校への入学を決める。現在は、高等部理療科の教諭として母校に勤務。趣味は音楽だけではない。スポーツは、野球、バレー、テニスと何でもこなすが、なかでも「ゴールボール(すずの入ったボールをパスしながら、相手ゴールを狙う視覚障害者のための球技)」は、日本を代表する選手の一人でもあり、男子全日本チームのコーチでもある。
「盲目の自分たちが今まで社会から受けた恩を、今度は社会に返していこう」と結成された視覚障害者バンド「エンデバーズ」。酒井さんは、結成当時からのメンバーの一人で、ギターを担当しています。
――「エンデバーズ」はいつ結成されたのですか?
北海道に、「ブルーファミリア」という視覚障害者のバンドがあるのですが、そのメンバーだった岐阜出身の釜倉さんが地元に戻ったとき、岐阜でもバンドをと、メンバーを募ったのが始まりです。平成5年1月の結成ですから、もうすぐ13年になります。
――メンバーは何人いらっしゃるのですか?
男性7名、女性4名の11名です。最初は岐阜周辺のメンバーだけでしたが、今では北海道や東京で行ったコンサートの縁などでメンバーの輪が広がり、三重・長野・東京・千葉のメンバーもいます。上は46歳から下は23歳まで、平均すると30代前半ぐらいですね。私は弱視ですが、全盲のメンバーもいます。また、コンサートにボランティアとして参加したのがきっかけでメンバーに加わってくれた健視(視覚に障害のない)の方も1名います。
エンデバーズのメンバー エンデバーズのメンバー
――主にどんな活動をしているのですか?
チャリティーコンサートの様子今年も夏に、北海道の兄弟バンド「ブルーファミリア」と、千歳市でチャリティーコンサートを開催しました。最近は、年1回のこのコンサートが主な活動になっています。
以前は、各務原市民会館でもチャリティーコンサートを開催していましたが、3年前に初代リーダーの釜倉さんがお亡くなりになったり、去年は私自身の家庭の事情があったりで、ここ数年、エンデバーズ単独でのコンサートを開催していません。ぜひ、来年こそは各務原市でコンサートを再開させたいですね。
またできれば、施設を慰問したり、イベントに出演したりして、多くの方とふれあえる機会がもっと持てたらいいなと思います。実は、ドラムとベースが地元のメンバーではないため、今は出演依頼も受けにくい状況で・・・。月に1回行っている練習も、ドラムとベースがいないと、演奏としてなかなかまとまらず大変です。
 
――では、新メンバー募集も?
そうですね。ドラムとベースについては、ぜひ地元でもメンバーを探したいです。また、今は管楽器としてフルートが入っていますが、音楽の幅をもたせるためにも、トランペットやサックスなどの音も欲しいなあと思っています。視覚障害の方はもちろん、そうでない方でも、音楽好きの方ならどなたでも大歓迎です。楽器ができなくても、ボランティアスタッフとして参加していただいてもありがたいです。視覚障害者のバンドなので、やはり自分の移動も、楽器の移動も簡単ではないですから。
実は、ボーカル・コーラスの女性2人は、送迎などのお手伝いをしてくださったボランティアさんと、このエンデバーズがきっかけで結婚されたんですよ。
――演奏している曲は、どんな曲ですか?
もう、なんでも。いろんな方に楽しんでいただきたいので、童謡から今はやりのJ−POP、ロック、演歌まで、ジャンルを固定せず演奏しています。ギターを演奏する酒井正治さん
最初のうちは、コピーバンドとして、元の曲を忠実に演奏していたのですが、最近はエンデバーズ風にアレンジしていることが多いですね。演歌でも少しロックっぽく演奏していたり、歌詞も少し変えてしまったり、そんなところもお客さんに楽しんでいただけるかなあと思っています。
――最後に、一言。
全盲と聞くと、楽器なんて無理じゃないか、と思っている人も多いかと思いますが、私たちは皆さんが思っている以上に、音楽もスポーツも楽しんでいます。
メンバーの中には、生まれてから一度も光を見たことがない人もいますが、その人もステージの上では自分自身が光輝いている。そんな私たちの輝きを、ぜひ多くの皆さんにみていただき、音楽を通して、感動を分かち合いたいです。これからも、ぜひエンデバーズを応援してください。
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