Web Magazine バックナンバー 各務原市HOME
きらきらマガジン キラリさん

浅野三郎さん
浅野三郎さん

入会町在住 72歳
68歳のときに脳梗塞となり、右半身麻痺となる。
その後、リハビリを行い、現在は杖なしでも歩けるほどに回復。
趣味とリハビリを兼ねた卓球を楽しむ
身体障害者手帳2級、要支援1

卓球を楽しみながらリハビリに励む!

なんとしても、障害を克復してやろう!という気持ちがひしひしと伝わってくる浅野さん。
話を聞けば聞くほど、その気持ちがこちらにも伝わってきました。

―― 脳梗塞になられたのはいつですか?
忘れもしない「平成14年12月12日」です。
最初は、かるいしびれだけだったので、救急車を使わずに家族の運転で医者に行きました。
軽い脳梗塞だということで、安心していたらだんだん症状がひどくなり、その日の夜には右半身がほとんど麻痺していました。
 後で聞いた話ですが、そのときに救急車を使用していればよかったみたいですけどね。脳梗塞は最初の3時間が勝負らしいですから。

――今の症状はどんな感じですか?
今は、なんとか右足は杖なしでも歩けるようになりました。
右手はまだまだ使えないですけど。
ただ、不幸中の幸いというか、元々左利きだったので、食事などもそれほど不自由はないです。車も運転もできますしね。

――脳梗塞になる前はどのようなことをしていましたか?
昔から運動が大好きで、小学校、中学校は野球をやっていました。
そして走ることも大好きで、学生時代には箱根駅伝も4回走りました。
国体も2度優勝したことがあるんですよ!
とにかく体を動かすことが大好きで、職業も体育教師になりました。

――脳梗塞になってからは体がうごかせなくなりましたが、どう思いました?
とにかく、治してやろう!ってがんばっています。
今でも、リハビリには通っていますが、それ以外にもいろいろとしていますよ。

――いろいろとは?
まず、毎日、市民公園を3周(約3キロ)ウオーキングし、鉄棒などをつかって、自分でリハビリを行っています。
あとは、毎週1回、総合体育館に卓球に通っています。

――卓球って結構ハードですよね?
はい。しかし、動く範囲が比較的少なくてすむことと、上半身だけでも結構カバーできることが卓球のいいところですね。

卓球をする浅野さん
卓球をする浅野さん
―― 卓球は昔からやっていたのですか?
いいえ、教員時代に子どもたちとほとんど遊びのレベルしかやったことがなかったです。
テニスは大好きでそこそこ腕に自信もあったのですが、さすがにまだあそこまでは動けませんからね。でも、時々、テニスのラケットをにぎり、壁うちはしていますよ

――卓球は同じような障害を持った方の集まりなのですか?
いいえ、普通の健常者といっしょにやっていますよ。
ただ、高齢者向けにボールが若干大きいだけですよ。(通常の卓球は直径40ミリで、浅野さんたちが使用しているものは44ミリのラージボール)

――浅野さんにとって卓球とは?
楽しみでもあり、リハビリでもあります。
思ったように動けないときには情けなく思うこともあるが、体を動かしていることが楽しいし、精神的にもプラスになります。
毎朝の運動もそうですが、とにかく続けることにより、目に見えないレベルかもしれないけど少しずつ回復しています。
とにかく、動かない部分を治してやるって気持ちですね!。



ラージボールサークル 「鹿猪(しし)の会」 後藤てい子さんに聞きました。
最初、身障者の方を受け入れるということに対しての不安はありました。今、障害を持った方が2人いますが、全然ハンデなどはなく、私たちよりも一生懸命やっているほどです。浅野さんはとにかく努力家で一生懸命ですね。私たちのほうが逆に励まされることが多いくらいです。
後藤てい子さん

浅野さん、ありがとうございました。
病気に負けず、一生懸命運動を頑張る浅野さん。
テニスをできるようになる日も、それほど遠くないかもと思わせる気迫に圧倒されました。
これからも頑張ってください。

このページのトップへ
前のページへもどる