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きらきらマガジン キラリさん

山田達秋さん

山田達秋さん 

蘇原希望町在住
59歳
40歳のときに突然はげしいのしびれにおそわれ、頚椎症と診断。その後、頚椎を広げる手術で、たいてい普通に生活できるほどに回復。3年前から民生委員となり、現在も活躍中。


人の笑顔をみることで、こちらも元気になりました。

―― 山田さんはいつから足が不自由なんですか。
 40歳のとき、突然立っていられないようなしびれがきたんです。それからいろいろな整形に通いましたが、あんまり良くならず、そのうちに呼吸するのもえらくなりました。それで脊椎を広げる手術をしました。手術をしてからは、前よりずいぶん楽になりました。術後半年はギブスをして、好きな歴史小説ばかり読んでましたね。

―― 病気をして何か変わったことはありますか。
  病気をすると、同じような境遇の人会う事が多くなるね。病院いくから。そこにはいろいろ、わたしよりずっと症状のひどい人もたくさんいる。私の友だちでも、週に3回透析をしていた人がいます。普通そういう生活をしていると暗くなってしまうんだけど、その人は暗い顔を見せずにすごく明るい。逆に周りを励ますくらいなんです。すごいなぁ、と思いますね。励みになりました。

―― 現在は民生委員をしてらっしゃるとお聞きしましたが、どういったきっかけですか?

 実は私、37歳のときに縫製を起業したんですが、2、3年後に病気になりました。そのとき、子どものPTAの役が回ってきそうなカンジだったんです。それでおかあさん(山田さんの奥さん)に出てもらっては困るので、変わりに役を引き受けたんですよ。体調が悪くて、仕事があまりできませんでしたから。そしたら今度は体育委員になって、市民会議、市PTA連合会会長、と続いて今、民生委員をやっています。


―― すごいですねー。向いてらっしゃるんですね。
 いやー、本当はあがり症なんです。最初は大変でした。今は慣れましたけど。でも、民生委員をやらせてもらって、こっちが元気になりましたね。張り合いができた、というか。

―― やっぱり障害があるとどうしても内へこもってしまいがちだと思うんですが、それでも引き受けられたんですね。
 僕が今、こういう状態なのは周りの環境のおかげです。そういう役や仕事みたいなものがあると、どうしても外へ出て、人に会わないと。それが元気になるきっかけかもしれませんね。始めは大変でしたよ。病気の後は胃腸の調子が悪くて薬を服用してましたが、トイレに駆け込まなくてはならないときがあって、それがストレスで、外に出るのが不安でね。でも、役だから行かないといけない。それで自分で薬の量を調整したりするうちに、だんだん調子が良くなっていきました。 病気をしたときはいろいろあったんですよ。家の中で何度も話し合いをしたり、ね。おかあさんには感謝しています。

――仲がよろしいんですね。仲良しの秘訣は?
 うーん、思いやりかな…むこう(奥さん)のね。

――民生委員さんとして、どんな活動をいらっしゃいますか。
 いろいろありますが、ふだんは地域の高齢者の見守りや訪問をしています。今まで、いろいろ役をやっているのでこの辺の、誰がどこにすんでいて、というのはだいたい分かりますから。

――自分の体調が悪いのに、大変な仕事ですね。
 やっぱり、1人暮らしのお年寄りが知らない間に何かあった、なんてことはちょっといやですから。地域の人がいつも元気に暮らしてほしいですよね。

――他にはどんなことをされていますか。
 民生委員の蘇原地区は、子育て、高齢、障の部会があって、それぞれ3〜4つの行事があるんです。その行事の準備から、後かたづけまでをします。でも何度もやるうちにだんだんネタがなくなってくるから、TV見ながら(何かおもしろいことはないかなー)って探しますよ。TVも注意してみるようになりました。
折り紙で作ったインコの写真 折り紙で作ったカラスの写真
↑インコ:きれいな模様がついた折りがみを使って作ると、よりかわいいインコができます。何羽か作って止まり木に止まらせてもかわいい。   ↑カラス:後ろについている取っ手をひっぱるとくちばしが動きます。
 こないだは老人ホームにいったとき、みんなで折り紙をしたんですが、みなさん結構楽しんでやってみえましたよ。折り紙は、子どもからお年寄りまで一緒に楽しめるんです。いろいろなものを作って遊ぶとみんな本当に喜んでくれて。次は何をしようか、って考えてTVを参考にしたりします。
山田さんと民生委員の花田さんの写真

―― 花田民生委員に聞きました ――
 山田さんご本人は「あがり症」なんておっしゃっていましたが、ご自分の意見をきちんと持ってみえるし、リーダーシップもあるので民生委員は適任だと思いますよ。端から見ていても民生委員を始めたころと今を比べると山田さんが元気になっているのがよくわかります。 誰でも、社会的に何か役割があるのは大切なこと。それが元気の元になっていると、実感します。

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