Web Magazine バックナンバー 各務原市HOME
きらきらマガジン キラリさん

村本 大夢さんとお母さんの雅代さん

村本 大夢さん

つつじヶ丘在住 19歳
重いダウン症。生まれた当時は3歳までの命といわれたが、現在19歳。特別支援学校を卒業後、いまは福祉の里「あすなろ」に通所している。

仕事も趣味も全力投球!! 世界をどんどん広げていく
福祉の里に通所している村本さん。
今年の6月にピアノコンサートを行いました。今回は村本大夢さんとお母さんの雅代さんにお話をおうかがいしました。

――コンサート開催のきっかけをおしえてください

大夢はダウン症の上、心臓などにも重い疾患を伴っていたため、外に出ることもあまりなく、学校も市外の特別支援学校に通っていました。つつじが丘に住んでいますが、地域の方とあまり交流もできない状態だったんです。
そこで、「大夢のありのままの姿をみていただき、理解してもらいたい」と考えるようになり、良い方法を探していました。ちょうどその頃、姉たちがピアノを習っていまして、大夢もリトミック感覚でピアノを習っていたんです。そこで、大夢のピアノを地域のかたがた、特に少し交流のあった八木山小学校の六年生のみなさんに見てもらおう、と考え、五年前に一回目のコンサ−トを行いました。
「ピアノを弾く」と言っても、プロ並みのテクニックがあるとか、すごいピアノを弾くわけではないんです。ただ「ド」という音を出そうと思っても「ド」が出せないほうが多く、感覚で鍵盤をたたいている、そんなピアノなんですよ。それでも、そのままの大夢の姿を皆さんにみてもらって、少しでも理解してもらえればと思いました。
今回のコンサートは2回目で、大夢が特別支援学校を無事に卒業できたので、記念に開催しました。


―― コンサートはどのようなプログラムでしたか?

まず、大夢と音楽療法士の先生とのピアノ連弾。その後みんなで音楽を楽しみました。それから夫が朗読をしているので、夫とその仲間の朗読、私の趣味の腹話術、3つを合わせて発表しました。また、ご近所の方が司会をしてくださったり、腹話術の先生や、先生のお知り合いが「こま回し」を披露してくださったり、いろいろな方の協力で楽しいコンサートになりました。


――大夢さんは当日はどんなようすでしたが?

当日は120〜130人くらいの方が来ていただいて、会場も満員でした。大夢は会場の皆さんが「自分のために来てくれたんだ」ということがわかっていて、一所懸命演奏しました。当日は大好きなお昼ごはんも忘れるほど集中していて、プレッシャーを楽しんでいましたね。親としてはそんな姿を見る事ができてうれしく思いました。終わった後も興奮冷めやらぬ、といった状態でしたよ。


お父さんの朗読
会場いっぱいの観客の皆さん
大夢さんのピアノ演奏 ピアノ演奏の様子

――コンサート後に来場されたみなさんの感想はいかがでしたか?

おかげさまで「よかったよ」といっていただけました。主人の朗読は「目頭が熱くなった」と言ってくれるかたもいましたね。3歳までの命といわれて、大夢も頑張って生きてきましたし、私たちも地域の皆さんに助けていただきながら、頑張って大夢を育ててきました。「ダウン症」とは何か、ダウン症である大夢をどんな思いで育ててきたかを伝えることが出来たのではないかな、とは思っています。


――最後に村本さんのコンサートの感想を聞かせていただけませんか?

ダウン症の子どもへの接し方がわからないといわれることが多い中で、コンサートの後は、それまでお話したことのない方から「コンサート見に行ったよ」と声を掛けていただけることもあり、うれしかったですねー。苦労はありますが、やっぱりやってよかったと感じています。
みなさんの協力でできたコンサート。来場していただいた方に楽しんでいただいて、なおかつダウン症について知っていただけるコンサートになり、本当に満足しています。満員の会場を見て、地域の人たちが応援してくださっている、この地域で障がい者への理解が根付きつつあると感じています。ありがとうございました。


いろいろ話していただいて、ありがとうございました。これからもピアノの練習がんばってください。

このページのトップへ
前のページへもどる