Web Magazine バックナンバー 各務原市HOME
のびのび特集 脇本陣オープン!鵜沼宿に遊びに行こう

いよいよ始まる夏休み。海やプール、夏祭りと、楽しいことがい〜っぱい。でも、宿題のことも忘れずに!今回は、夏休みの研究テーマにもぴったりな歴史スポット「鵜沼宿」をご紹介します。ちょうど、新しく「脇本陣」がオープンしたばかりの鵜沼宿。研究もかねてに遊びに行ってみよう!

 
中山道と鵜沼宿

今から400年前に江戸時代が始まると、日本全国に江戸(現在の東京)と各地をむすぶ「街道」が作られました。「東海道」や「中山道」、「甲州街道」など5つあったことから、「五街道」と呼ばれています。街道には、距離の目印となる「一里塚」※や、休憩や宿泊、荷物の運送などを行う「宿場」がつくられました。

  旧中山道
各務原市は、江戸の日本橋から滋賀県の草津までをむすんでいた「中山道」が通り、鵜沼西町・東町に宿場「鵜沼宿」がおかれました。鵜沼宿は、江戸の日本橋から数えて52番目の宿場町でした。
※キーワード 一里塚 いちりづか
うとう峠の一里塚   街道の両側に作られた目じるし。土をおわん形に盛って作り、その上に榎(えのき)や松などの木を植えました。1里(約4キロメートル)ごとに作られていたので、旅人が距離の目安にしました。
市内には、鵜沼宿の東にある「うとう峠」(日本ラインうぬまの森の中にあります)の一里塚のほか、各務山の前町と蘇原六軒町、那加新加納町に一里塚がありましたが、うとう峠以外は壊されてしまい、今は残っていません。
 
人々が行きかう「鵜沼宿」

鵜沼宿のような宿場町は、参勤交代※で通る大名行列から旅人まで、とても多くの人々が通りました。当時はもちろん車や電車はなく、旅人はみんな馬か徒歩。そのため、休憩する場所や泊まる場所、疲れた馬を交換する場所など、さまざまな施設がありました。
鵜沼宿の建物は、明治時代の大地震によりほとんどが壊れてしまいましたが、江戸時代から残る建物や、古文書などの資料を元に新しく復元した場所など、今も江戸時代のおもかげを見ることができます。

※キーワード 参勤交代 さんきんこうたい

江戸時代、全国の大名は、1年おきに将軍がいる江戸へ行き、1年間江戸で過ごすことが決められていました。これを参勤交代といい、江戸への往復は大名とその家来が並んで歩く「大名行列」が宿場を通っていきました。
鵜沼宿がある中山道は、加賀藩や加納藩、彦根藩などの大名が利用していました。

 
こんな施設がありました
見ることができる施設のマーク マーク は今でも見ることができる場所です
本陣(ほんじん)
大名や公家(くげ・天皇を中心とする朝廷に仕える貴族)、幕府の役人が泊まる場所。一般の旅人は泊まることができませんでした。鵜沼宿の本陣は残念ながら残っていません。

見ることができる施設のマーク 脇本陣(わきほんじん)

大名や役人など、本陣だけでは泊まりきれない場合などに利用された場所。本陣と異なり、通常は一般の旅人も泊まることができました。
鵜沼宿の脇本陣はこの春復元され、見学することができます。詳しくは次のページで紹介しています。

  復元された脇本陣

問屋(といや)
問屋は宿場でも重要な場所でした。江戸時代、幕府の役人が仕事で旅をするときに、役人の荷物などを宿場から宿場まで、リレー方式で運びました。また、幕府の手紙や荷物を運ぶ飛脚※の手配も問屋の仕事でした。

見ることができる施設のマーク 旅籠(はたご)
江戸時代「茗荷屋」を営んでいた梅田家の建物   旅籠の姿に改修した町屋館

旅人が泊まる場所です。泊まるだけで食事の出なかった「木賃宿(きちんやど)」とは違い、朝食と夕食が出されました。鵜沼宿には25軒ほどの旅籠があったとされ、鵜沼西町の梅田家には、当時、旅籠「茗荷屋(みょうがや)」だった頃の看板などが今も残っています。
また、中山道鵜沼宿町屋館は江戸時代に「絹屋(きぬや)」という旅籠だった建物を復元したもので、中を自由に見学することができます。


見ることができる施設のマーク 高札場(こうさつば)
高札というのは現代でいう法律や、禁止することなどが書かれた木の札で、この高札が掲示されたのが高札場です。人の目につきやすい場所に立てられており、鵜沼宿では東の見附(みつけ・宿場の両端に作られた出入口)近くに立てられていました。
現在は、江戸時代とは場所が違いますが、坂祝バイパスの脇に復元されています。
  復元された高札場
※キーワード 飛脚 ひきゃく

手紙や荷物を運ぶことを仕事としていた人たちで、今の郵便や電話にあたります。幕府が使った飛脚は宿場ごとにリレー方式で交代しながら運ぶもので、江戸から京都までの約500キロメートル、通常は2週間かかるところを3〜4日で走ったといいます。また、一般の人が利用する飛脚もありました。

 
続きを読む 続きを読む
このページのトップへ
前のページへもどる