|
サイトマップ
|
ホーム
|
歴史民俗資料館トップページ
所蔵資料の紹介
民具・歴史資料
戦時資料
発行書籍の紹介
戦時記録
かかみ野の風土
資料調査報告書
資料館だより
市の文化財の紹介
村国座
旧桜井家住宅
戦争遺跡
町屋館
脇本陣
文化財一覧
市の文化財の紹介
戦争遺跡
陸軍飛行場など軍事施設をかかえていた各務原は、県内で唯一大型爆弾による攻撃を受けました。今もなお各地で「戦争の爪痕」 を見ることができます。主な戦争遺跡をここに紹介しましたが、その多くは個人の所有地にあります。見学の際は、土地所有者の 了解を得てマナーをよく守るとともに、安全には十分ご留意ください。
鵜沼地区
飛行第二連隊薬品庫跡二棟
所在地 鵜沼朝日町5丁目
飛行第二連隊医務室前にあったコンクリート製の薬品庫で、入り口には鉄の扉がついていました。現在は、農機具庫として使われています。
技能者養成所25メートルプール跡
所在地 鵜沼三ツ池町4丁目 山田章美氏宅
昭和20年6月の空襲で、陸軍航空廠技能者養成所は壊滅的な被害を受けましたが、終戦当時、爆撃の影響を受けなかったプールには水があり、子どもたちが泳いでいたといいます。現在は東側半分が残っています。
誘導路トンネル
所在地 鵜沼朝日町1丁目
戦時中、三ツ池と前渡を結ぶ県道の上に、各務原中飛行場と東飛行場とをつなぐ誘導路を建設するため、このトンネルが作られました。このトンネルの上が、飛行機の誘導路となっていました。
中国人殉難塔
所在地 各務おがせ町8丁目
昭和20年、中国人捕虜887人が、各務おがせや須衛で誘導路・掩体壕の工事に従事し、終戦時までに26名が死亡しました。そこで、昭和43年7月「中国人殉難塔」が建立され、その後は現地で追善供養の慰霊祭が毎年行われています。
稲羽地区
矢熊山の地下壕
所在地 前渡東町 矢熊山
矢熊山南東に掘られた地下壕。蒲鉾型の間口19メートル・奥行き29メートル・高さ7メートルの壕で、戦闘機三機が修理可能な大きさであったといわれています。この壕は朝鮮人労務者によって掘られたもので、地下整備工場になる予定でしたが、未完成のまま終戦を迎えています。
長根山の地下格納庫跡
所在地 前渡西町 長根山
コンクリート製の地下格納庫跡。間口22メートル・奥行き22メートル・高さ6メートルの蒲鉾型の格納庫で、上には土がかぶせてあります。奥の間口は7.5メートルで、ここに戦闘機が格納してあったといわれています。
防空壕
所在地 前渡西町2丁目 足立誠司氏宅
足立氏宅の庭にある家庭用の防空壕。階段式の防空壕で、昭和17年頃作られました。間口1.3メートル、奥行き5.2メートルで、中の高さは1.8メートルあります。石積みまでしてあるのは珍しいのですが、当時多くの家庭では、このような防空壕を庭先に掘っていました。
慰霊碑の上にある焼夷弾実弾
所在地 神置町3丁目 神置公民館の南
昭和20年7月12日の深夜から13日の未明にかけて、各務原ではB29による焼夷弾攻撃を受けました。この日の天候は雨でしたが、多くの地区で家屋が全焼、半焼するなどの被害を出しました。田畑には、不発弾がかなりつきささっていました。慰霊碑の上にある焼夷弾は、このときの不発弾の一つです。