新加納立場 〜西一里半加納宿〜 鵜沼宿 〜左西町・右東町〜
赤坂見付 〜是より西鵜沼宿〜 うとう峠 〜東勝山立場〜
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新加納の道標 新加納立場の鉤の手に立つ。 西に向かって正面には「右京道」、右側面に「左木曽路」、左側面に「南かさ松」と刻む。 |
| 尾州領傍示石 尾張徳川家領鵜沼村と幕府御料各務村が中山道にかかって込み入った境界をなしていたため、尾張藩が中山道脇に立てたもの。それぞれ「是より東尾州領」「是より西尾州領」と刻む。現在は国道21号鵜沼バイパス、鵜沼中山道信号付近に移設されている。 |
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| 傍示石(是より東尾張領) | 傍示石(是より西尾張領) |
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本陣間取り図 鵜沼宿本陣の往年の規模をうかがい知ることができる。 |
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茗荷屋の掛け看板 鵜沼宿の旅籠であった茗荷屋吉兵衛の子孫、梅田吉道氏が所有。 |
| 芭蕉の句碑 昭和40年、脇本陣坂井家屋敷跡に復元されたもの。 左側「汲溜の水泡たつや蝉の声 桃青」、左奥「はらなかや ものにもつかず 啼くひばり 芭蕉」、中央「ふく志るも 喰えは喰せよ きく乃酒」、右側「更科紀行首途の地 おくられつ送りつ果ハ木曽の秋 芭蕉」といずれも松尾芭蕉の句を刻んでいる。 中央の句は、芭蕉が脇本陣坂井家を訪れた際に詠んだ句と伝えられ、その折に句を掘り込んだ珪化木が、鵜沼宿に復元された脇本陣内で保存されている。 |
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赤坂の地蔵堂 鵜沼宿の出入り口にあたる「見付(みつけ)」近くにある。道標を兼ねた地蔵尊像で、向かって右側に「右ハさいしょみち(在所道)」左側に「左ハ江戸せんこうしみち(善光寺道)」と刻む。 |
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赤坂神社 鵜沼東町の旧村社。江戸時代の絵図には天王社あるいは一ノ宮と記載。拝殿は祭礼時の奉納芸に地芝居(地歌舞伎)を演じる舞台として使用された。 |
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東見附の石仏群 団地内の小さな林の中に観音碑など数体が並んでいる。まるでタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。 |
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うとう峠一里塚 うとう坂の途中にある。半円上の土盛りが道の両側に残る。標柱のある方が北塚。周辺は「日本ラインうぬまの森」として整備された。 |
■詳しくは「歴史民俗資料館」のページをご覧ください。
お問い合わせ/観光文化課
電話・058-383-9925