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令和元年11月 「5カ年の発掘調査で、明らかになる坊の塚古墳」 1ページ目

ID番号 K32029更新日 令和元年11月1日

令和元年11月 「5カ年の発掘調査で、明らかになる坊の塚古墳」の画像

市内最大で、県内でも2番目の大きさを誇る坊の塚古墳。この古墳は、平成27年度から5カ年に及ぶ発掘調査が行われ、築造時の姿が明らかになりつつあります。
これまでどんな調査が行われ、どんなことが分かったのか。今月の特集では、坊の塚古墳の発掘調査の内容と成果を解説します。

岐阜県指定史跡、坊の塚古墳

そもそも、坊の塚古墳って?

平成26年に撮影された坊の塚古墳の写真

坊の塚古墳は、鵜沼羽場町5丁目、各務原台地東部の段丘崖上にあります。市内最大の前方後円墳で、昭和32年3月25日に岐阜県の史跡に指定されました。しかし、これまで正式な発掘調査は行われておらず、その詳細は不明なままでしたが、平成26年に、坊の塚古墳の土地の寄附を受けたことから、将来の保存や整備、活用に向けた発掘調査が計画されました。

第1次(平成27年度)発掘調査で分かったことは?

葺石と埴輪片が出土

第1次調査では、後円部北側の斜面に試掘溝を設け、後円部の残存状況を調査しました。調査部分のほぼ全面に葺石(ふきいし)が残っており、予想以上に保存状況は良好でした。葺石の多くは、こぶし大かそれ以上のチャート(角岩)で、古墳の斜面の保護や化粧のために用いられていたと考えられます。そして、斜面の中ほどには、葺石のない平坦な部分があり、墳丘が段を成していたことが分かりました。
また、古墳に並べられていたと思われる円筒埴輪(えんとうはにわ)の破片も出土しました。これまでにも古墳周辺から割れた埴輪片は見つかっていましたが、今回の調査では、円筒埴輪に加えて、壺型埴輪や、形象埴輪(家や器材などをかたどった埴輪)と思われる埴輪も見つかりました。さらに埴輪片には、赤い顔料が塗られたものなどもありました。

第1次現説資料にある調査部分を示したイラスト

見つかった埴輪片の写真
見つかった埴輪片

埋葬主体の蓋石

この調査では、埋葬主体部の蓋石が後円部斜面の中腹に転落した状態で見つかりました。その大きさは、長辺2.85メートル、短辺1.38メートル、厚さ約17センチメートルで、重さは2トン以上と推定されます。長辺側の両側面は隣り合う蓋石の合わせ目をそろえるため、平滑な加工が施されており、第3次発掘調査で見つかった4枚の蓋石と合わせて、5枚の蓋石で主体部が覆われていたことが想定されます。
また、埋葬主体部の側壁を構成していた板石も見つかり、この一部にも赤色顔料が認められたことから、内部が赤で彩られていたことが分かりました。

蓋石の大きさが分かる写真
長辺が2メートル以上もある蓋石

平滑加工が施された蓋石の写真
隣り合う部分が、滑らかに加工されている

第2次(平成28年度)発掘調査はどんな調査を行ったのですか?

基底石と周壕を確認

第2次調査は、前年度から東に位置をずらして、後円部の墳頂部から墳丘裾まで、幅2メートルの試掘溝を掘り、後円部墳丘の形状や古墳の周囲に設けられた周壕(しゅうごう)などの確認を行いました。
斜面の樹木を伐採し、薄い表土を取り除くとすぐに石の感触があり、葺石が見つかりました。さらにこの調査では、数段に築成された墳丘斜面と平坦面の境に「基底石(きていせき)」という、やや大きく平らな石が見つかりました。斜面に葺かれた葺石が崩れないように、基底石が支える構造となっており、葺石の下端を知る手がかりとなりました。さらに、一番下の平坦面から墳頂部までに、2つの平坦面が見つかり、後円部が三段築成されていたことが分かりました。そして、一番下の平坦面の周りには、周壕が巡らされており、その深さは1メートル以上あったことも確認できました。

第2次調査の調査区の写真

見つかった基底石の写真

墳頂部の円筒埴輪列を発見

さらに、第2次調査では、墳頂部に据えられた円筒埴輪の基部が当時の位置のままで確認できました。この発見により、後円部の端に沿って約380個もの円筒埴輪が並べられていたと判明しました。これらの円筒埴輪の直径は約32センチメートル、上部が破損しているため高さは分かりませんが、中には40センチメートル以上が土に埋もれていた埴輪もありました。なお、円筒埴輪は、作られた時代で特徴が異なることから、古墳が作られた年代を特定する手掛かりにもなる重要な遺物です。

墳頂部の複数の円筒埴輪の写真

検出された円筒埴輪の写真

第3次(平成29年度)の調査は?

墳頂にある埋葬主体部を調査

埋葬主体部である石槨(せっかく。竪穴式石室とも呼ばれる)があった後円部墳頂は、過去の盗掘によって大きな穴が開いています。第3次調査では、この盗掘の跡から、石槨の大きさや向きなどの詳細を明らかにするための調査を行いました。
調査の結果、盗掘の規模は非常に大きく、石槨は大きく壊されていることが分かりました。また、盗掘坑から、石槨の蓋石が4枚見つかりました。第1次調査で発見された1枚と合わせて、5枚が天井として並べられていたとすると、すべての蓋石が幅1メートル以上あることから、石槨の全長は5メートル以内の規模だったと推定されます。またおおよその石槨の位置や方向、構築方法も明らかになりました。

蓋石と板石の崩落状況

第3次発掘調査のようすの写真

さまざまな遺物が出土

石槨は盗掘によって破壊されてしまっていましたが、この調査では石製品や土器、土製品など、さまざまな遺物が出土しました。滑石製品は、斧や刀子(とうす)など当時の金属製品を、勾玉や管玉、臼玉は装飾具をかたどった模造品です。
一方、土器・土製品は、小型丸底壺、高坏のほか、3種類の食物型土製品が出土しました。丸く薄い円盤状のモチ形と、バナナのようなアケビ(?)形、目や口のある魚形が見つかりましたが、特に魚型土製品は珍しく、被葬者や古代の各務原の自然的・社会的背景を探る上でも大変興味深いものです。
これらの出土品は、いずれも石槨内に亡骸(なきがら)とともに副葬されたものではなく、亡骸を埋葬した後に、墳丘上で行われた祭祀(さいし)に使用されたと推測されるものです。

刀子形滑石製模造品の写真
刀子形滑石製模造品

勾玉の写真
勾玉

食物型土製品の写真
食物型土製品

第4次(平成30年度)調査で明らかになったことは?

前方部の築成や構造の詳細が明らかに

第4次となる平成30年度の調査では、前方部に調査区を4カ所設定しました。すべての調査区で古墳の斜面を覆っている葺石が見つかり、現在もその姿を良好に保っていることが分かりました。調査区1で、前方部の墳頂から道路、さらに外側の畑にかけて調査を行ったところ、道路の下から葺石を伴った斜面が見つかり、これまで二段築成と考えられていた前方部が、三段築成であることが明らかになりました。調査区4では、前方部と後円部の境目を調査しました。この場所でも、葺石の基底石が良好に残っており、前方部と後円部の境目がよく分かりました。さらに、葺石の配置された状態から、葺石をどのような順序で配していったのかを推測することもできます。

三段築成であることがわかる調査区1の写真

前方部と後円部の境の写真

円筒埴輪列の発見

調査区1、前方部の墳頂で、4つの円筒埴輪の基部を確認できました。この埴輪は、古墳が造られた当時の位置を保っており、前方部墳頂の端に沿って並べられていたとみられます。しかしながら、古墳墳丘の中腹以下の平坦面には埴輪の存在を確認できていません。恐らく墳頂部の周りにだけ埴輪を配していたことが、坊の塚古墳の特徴であると考えられます。

円筒埴輪の写真
円筒埴輪

円筒埴輪列の写真
円筒埴輪列

このページに関するお問い合わせ

埋蔵文化財調査センター
各務原市那加門前町3丁目1-3 中央図書館3階
電話:058-383-1123
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