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令和元年12月 H-2ロケット

ID番号 K32465更新日 令和元年12月1日

H-2ロケット

「岐阜かかみがはら航空宇宙博物館(空宙博:そらはく)」がリニューアルオープンして、1周年を迎えました。
4月からは、宇宙エリアの展示を解説していきます。
解説するのは、博物館や航空機を愛してやまない方ばかり。機体への愛情あふれる皆さんが語る魅力や見るべきポイントをお楽しみください。

第20回目の解説者は、学芸課の丹羽悦子さん

丹羽さんの写真

「H-2ロケット」は、宇宙開発事業団(以下NASDA(現JAXA))が開発した日本初の液体燃料ロケットです。重量2トンクラスの静止衛星を打ち上げることができます。全長50メートル、外径4メートル、全備重量260.0トン(人工衛星は含まない)になります。

純国産液体ロケットの始まり

H-2ロケットの写真

日本のロケット開発のはじまりは、直径1.8センチメートル、長さ23センチメートルの小さなペンシルロケットからはじまりました。その後、カッパ、ミューロケットなどの固体燃料ロケットからN-1、N-2、H-1ロケットの液体燃料ロケットに繋がっていきました。H-1以前のロケットは、アメリカから技術を導入してつくられていました。純国産ロケットの開発は、当時、日本の自主技術だけでロケットをつくるという関係者の強い意志がありました。また打ち上げる衛星の重量をアップする必要もありました。それまでのN-2ロケットは、静止衛星で重量350キログラムの衛星しか打ち上げられず、気象衛星なら対応できましたが、通信衛星や放送衛星になるとチャンネル数の問題があり、1トンから2トン級の衛星が打ち上げられるロケットが必要となってきました。次のH-1は、550キログラムと、積載重量が小さすぎることやどうしても世界の同レベルのロケットと比べると2倍~3倍のコストがかかってしまいました。そこで、積載重量2トンを目標にし、価格も国際的な値段より、少し下げたロケット開発を目指し、1986年に「H-2ロケット」の開発がはじまりました。

第1段用エンジンLE-7

エンジン LE-7の写真

第一段用エンジンLE-7は、当時開発中であったエンジンLE-5を大きくする方向でつくられました。開発には、NASDAが航空宇宙技術研究所(NAL)、三菱重工業、石川島播磨重工業(現IHI)と共に開発しました。LE-7は、高さが3.4メートル、直径が1.8メートルほどで、重さは1.7トンになります。燃焼方式は、スペースシャトルと同じ二段燃焼サイクルになります。二段燃焼サイクルとは、液体水素の全量と液体酸素の一部をプリバーナーで予備燃焼させます。燃やしたエネルギーを使ってターボポンプを動かし、その後残りの液体酸素を加えて燃焼室で再度燃焼させます。排出されたガスがエンジンの推力になります。プリバーナーと燃焼室の2カ所で燃えるので、二段燃焼サイクルといいます。この方式は、効率はよい反面、大流量の高温・高圧ガスがエンジンの配管などに流れるため、技術的に難しく、開発期間が幾度なく延長されました。
開発期間中に、LE-7は、およそ10基つくられました。ほとんどのロケットは、燃え終わったらその時のロケットのスピードによって海に落ちるか、宇宙に漂うかのどちらかになり、エンジンも一回限りになります。燃え終わった一段目のLE-7は、海に落ちます。一回きりの作動とはいえ、エンジンをロケットに組み込むまでにはさまざまな調整とテストが繰り返されました。LE-7の調整とテストは、トータルで283回行われました。
開発期間中、1992年6月にエンジン始動直後に爆発が起き、H-2の打上げは、1年延長されました。問題が発生するたびに改良を繰り返し、さまざまな苦労を乗り越え、開発から10年後、とうとう完成しました。また、2トン級の衛星を打ち上げるパワーが必要なため、第一段には、LE-7の他に日産自動車(現:IHIエアロスペース)が開発した大型固体ロケットブースタ(SRB)が2本ついています。

フェアリング

ロケットの先端にあるフェアリングは、川崎重工業が製造しています。ロケットに搭載される人工衛星などの積荷を打上げの際の空気抵抗による音や振動また300度以上にもなる熱から守る役割をしています。直径が4メートルで長さが12メートルの円錐と円筒を組み合わせた形状のもので、大型バスがすっぽりと入る大きさです。先端の円錐部分は、アルミ合金製の一体構造で、その他は、少しでも軽くするためにアルミ合金製のハニカム構造となっています。ハニカム構造とは、ミツバチの巣のように六角形をしきつめた構造のことです。このように大きな構造物ですが、とても軽く、重さも1.4トンしかありません。ロケットが上空120キロメートルぐらいに達すると、第二段部分と衛星フェアリングの分離を行います。フェアリングは、開頭し左右半分に分かれます。左右は、直径約6ミリメートルのボルト432本で結合されています。結合箇所のボルトを分離時に一瞬の内に切り離さなければいけません。そのために、ノッチボルトという溝が入った特殊なボルトと、爆薬を入れた楕円のパイプでセッティングされており、信号で爆薬を爆発させ引っ張られたボルトがちぎれる仕組みとなっています。この特殊なノッチボルトは、岐阜県関市にある会社でつくられています。

フェアリングの写真

フェアリングの写真

フェアリングの写真

打ち上げ!

H-2ロケットの写真

純国産液体燃料ロケット、「H-2ロケット」は、10年という開発期間を経て1号機が1994年2月4日午前7時20分、種子島宇宙センターからオレンジ色の炎をあげ、大空高く上昇していきました。1号機には、性能確認用衛星の「みょうじょう」と軌道再突入実験機の「りゅうせい」が搭載されており、無事に地球周回軌道投入に成功しました。その後、1997年までに合計5機打ち上げに成功しました。しかし、1998年の5号機、翌年の8号機と連続で打ち上げに失敗したため、原因究明と次のロケットH-2Aロケット開発のため7号機の打ち上げが中止となり、「H-2ロケット」は、運用が終了となりました。「H-2ロケット」で培われてきた技術は、確実に次世代のH-2A、H-2B、H-3ロケットに受け継がれています。「H-2ロケット」打ち上げ失敗の原因究明の取り組みは、当館上映のシアター「宇宙への挑戦 日本編」で見ることができます。

空宙博のH-2ロケット

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館の宇宙エリアには、実際に地上で分離試験に使われた「H-2ロケット」のフェアリングが分離した状態でレプリカの人工衛星「みょうじょう」と「りゅうせい」を搭載して展示してあります。また、燃焼試験に使われたLE-7も展示してあります。むき出しのLE-7は、パイプが複雑に接続され、技術者の巧みな技を見ることができます。宇宙へ飛び立ったロケットは宇宙空間で漂うか海に落ちてしまうので、なかなか見ることができません。貴重な実物をぜひ見に来てください。

このページに関するお問い合わせ

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館
〒504-0924 岐阜県各務原市下切町5丁目1番地
電話:058-386-8500 ファクス:058-386-9912