各務原空襲資料室・民俗資料室
平成30年7月21日、川島会館4階の木曽川文化史料館内に、「各務原空襲資料室」と「民俗資料室」がオープンしました。入館は無料です。ぜひ見学にお越しください。
各務原空襲資料室
郷土の先人たちがかつて経験した各務原空襲と戦時下の暮らしについて、残された当時の資料や写真から学び、語り、伝えます。
資料は、7つのテーマに分けて展示されています。それぞれのテーマの歴史的背景や、展示されている資料などをご紹介します。
1 戦時下のくらし
昭和12年の日中戦争、そして昭和16年の太平洋戦争の勃発により、国民生活のすべてにおいて戦争が第一優先され、人々の生活はどんどん苦しくなっていきました。
このコーナーでは、衣料や陶磁器で作られたさまざまな代用品、当時の食事を再現した食品サンプルなど、戦時下で生きる人々の生活を垣間見ることができる資料を展示しています。
2 戦時下のこどもたち
昭和16年4月から、小学校は「国民学校」となり、子どもたちには授業のほかに、軍人援護や銃後奉公などの活動が課されました。
当時の子どもたちが使用した教科書やカバンのほか、雑誌や漫画、おもちゃなどの資料から、戦時下でたくましく生きた子どもたちの姿を見つめます。
3 空襲に備える
第一次世界大戦以降、各国で軍事目的の飛行機開発が行われる中、日本では昭和12年に「防空法」が制定され、空襲による火災などを想定した防空訓練や指導が行われるようになりました。
いつ襲ってくるか分からない空襲に備え、各家庭で使われていた灯火管制用の電球やカバー、「国民防空読本」などの手引書、防空頭巾などを展示しています。
4 空襲の痕跡
昭和20年の各務原空襲では、各務原市域の広い範囲がその被害を受けました。戦後70年以上を経て、空襲を受けた地区の畑などからは、今もなお銃弾や爆弾の破片などの金属片が見つかることがあります。
このコーナーでは、各務原空襲の証人として、爆撃を受けた施設の窓ガラスの破片や、弾痕の残る床柱、機銃弾や焼夷弾などの資料を見ることができます。
5 戦後復興
昭和20年8月15日の終戦後、人々の新たな生活がスタートしました。戦地から戻った兵士たちは新たな土地を開拓し、各務ヶ原飛行場には米軍が進駐しました。
引揚・復員証明書や俘虜郵便などのほか、進駐軍にまつわる資料を展示し、戦後の混乱の中、復興に向けて歩みだした人々の姿をとらえます。
「昭和二十年諸通知書綴」
昭和20年に那加町役場から各町内会長宛に出された通知文書を綴ったものです。終戦間際と終戦直後には、物資の供出、戦勝祈願の祭礼、占領軍の進駐についてなど、さまざまな通知が出されました。
民俗資料室
食器や日用品、川船で使われた道具や昭和初期の電化製品など、人々の暮らしと密接に関わってきた、さまざまな生活の道具を間近に見ることができます。
人形や着物など新たな資料を展示
「民俗資料室」のオープンに伴い、明治~昭和初期の郷土色のある福助や歴史上の人物などをかたどった土人形のほか、新たに寄贈された着物などを展示しています。
このページに関するお問い合わせ
木曽川文化史料館
電話:0586-89-6055
木曽川文化史料館へのお問い合わせは専用フォームをご利用ください。